遠来のお客様?
         〜789女子高生シリーズ 枝番?

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


       




さて。
こちらは囲炉裏を挟んで差し向かいという、
変則的な組み合わせのイツフタのお二人。
一方的にこっちからだけ色々と存じ上げているというのは、
引っ繰り返せば、
刺客が標的の情報をたんと得ているというのにも匹敵すること。
それで信用してしまうような、人間が甘い御仁ではないはずだとはいえ、
だったらだったで、その辺りを明かしたところで
結句、自分が怪しまれるばかりだと思うと、
やっぱり何も話せずにいる七郎次でもあって。
幼いから、若しくは ひ弱そうだからというだけで、
こうまで気を許すのはどうかと思う…と言いかかった七郎次だったのに、
気がつきゃ微妙に勘兵衛の側から、
そんなに気を張らなくてもいいからと宥められているような。

 “子供好きなお人でもなかったと思うのだけれど。”

苦手というか、対し方を知らないというか。
そも苦虫を咬み潰したような顔しかしないので、
怖がられることの方が多かったようだし。
遠征で派遣された先、
民間人を遮るための柵なぞ無いような片田舎では、
業者や世話役の家族も労働力として出入りしていたものだが、

 “あまり幼子には懐かれてはなかったような気が…。”

などと、もっとずんと遠いところまで記憶を辿っていたところへ、

  きぃーちっちっちっ、ちちちちち………、と

どこか外からだろう、
ちょっぴり物悲しくも甲高い、鳥の鳴く声がした。
オオルリかヒタキかなと思いつつ、
その引っ掻くような声の尖った冴えように、

 “そういや、こちらは秋だった。”

稲穂のざわめきといい、陽の微妙な弱さといい、
自分がいた現世が初夏を迎えんという頃合いだったのとは真逆、
豊饒の時節じゃああるが、それと同時に
少しほど寂しい冬隣りだったことを七郎次も思い出す。
田に寄られては迷惑千万と、鳴子やカカシがあるせいか、
里にはあんまり寄りついていなかったけれど。
鎮守の森の方には様々に、いい声でさえずる小鳥もいて。
哨戒の途中で聞こえると耳を澄ましたものだったが、

 「…あ、でも。これって久蔵殿かも?」

そういや、いい声で鳴く鳥との交歓でもなさっていたものか、
谷向こうの木立の奥で、怪我をしたヒタキの雛の手当てのついで、
様々にいい声を真似ての口笛を吹いてらしたのも思い出す。
やはり敏感に反応したか、
お顔を上げて ふるるっと頭を振ったくうちゃんの、
頭や背中の毛並みを撫でながら。
そんな感慨をついつい口へと上らせたところ、

 「やはりな。」

それを耳にした勘兵衛が、ふっと息をつくように苦笑をし、

 「ただの間諜どころか、里の者さえまだ知らぬその話、
  どうしてお主が知っている?」

 「え? ………あ。」

事細かな言いようをした訳ではなかったが、
小鳥の声から久蔵殿という名前が出て来た連想だけで、
七郎次がどういう思考を巡らせたのか、勘兵衛には十分通じもしたらしく。

 “そっか。
  正体が久蔵殿だと判ったのは、
  声が聞こえ出してから何日か後だったから。”

問われて落ちず、語るに落ちるとは正にこのこと。
知っていることがあればあるほど、怪しまれるのがオチと、
滅多なことは口にすまいと思っていたのに。
選りにもよって そうまでレアなことを知っているという、
迂闊な発言をしてしまった白百合さん。
こうまで判りやすい失態には、
さすがに ひゃあと首をすくめてしまったものの、

 「先程も言ったであろう。」

勘兵衛の声はあくまでも静かなそれであり。
ぼろが出るのを見澄ましていた訳ではないとの苦笑を
その口許へと浮かべておいで。
そんな彼のお声に、お顔だけを向けていたメインクーンさんが、

 「  …あ、くうちゃん。」

おもむろに身を起こすと…何を思ったか、
七郎次のお膝から降りてゆき、
囲炉裏の縁を巡って向かいまで伸してゆく。
そしてそのまま、
頼もしき司令官様の膝頭へ前足を掛けたかと思うや否や、
ぴょいっと軽やかに上ってしまったではないか。

 「お。」
 「ありゃ。」

さっきタヌキと間違えられたことへの抗議に向かったか。
いやいや、それにしては
背中を丸めて唸るとか、尻尾を太く膨らませるということもなくて。
なぁうと甘えるように一声鳴くと、
そのままそこへ落ち着いてしまった彼女であり。

 “ああそういえば。”

子供受けはよくなかったが、動物には好かれてらしたような。
あの久蔵がああまでして付いて来たのも、
もしかして…そういう作用も働いたのかなぁなんて、
対岸の出来事を声もなく眺めておれば。
大きな手でわしわしと、ふわふか豊かな毛並みを撫でつつ、

 「七郎次の姉妹かと思うたのは、見た目だけの話ではなくて。」

勘兵衛が紡いだは、
お膝の猫へではなく、向かいに座す少女に向けての文言で。

 「お主からは警戒する必要がないという印象しか受けぬ。
  どういう訳だか、
  そう…七郎次が少し縮んで現れたような、
  そんな気がしてならんのでな。」

 「………っ。」

縮んでというのはどういう解釈であるのやら。
そんなことを言われても、と。
話が矛盾してはおりませぬかと混乱しかかる七郎次なのへ、
その表情をやすやすと読み取ったものか、
混乱していると拾い上げたその上で、

 「さては、知っていることにムラのある身なのか?」

それともまだ学ぶ学齢には達していないのかと。
小さく呟き、ふむと口許へ緩く握った拳の先を当ててから、
いかにも内密の話だと言わんばかり、
少しほど声を低めた惣領殿、こそりと付け足して訊いたのが、

 「空艇が戦域の彼方で失踪する話を、まだ知らぬ身なのか?」
 「はい?」





     ◇◇



一方のこちらは、
たっぷりの生クリームをくるんでいるにもかかわらず、
爽やかな甘さをしっとり生地に調和させたる、
最近の紅ばらさんの十八番になりつつあるロールケーキを、
各々へと丁寧に取り分けている、
一見すると華やかな女子会風のお三人の方で。

 「それにしても…。」

急な突風に襲われた直前に、
ふと見上げた月の様子が妙だった…というくらいしか、
七郎次にはこれという覚えがないとのことなので、
結局、何か起きるのを待つしかないという結論へ、
立ち返ってしまったこちらの面々であり。

 「とりあえず、ウチの客人ということにするから。」
 「お願い出来ますか、久蔵殿。」

何ならウチにも来ていただいて、
いっそのことゴロさんとも久闊を叙していただいてもいいんですが、
この場所という要素も大きいかも知れないし…と。
元へと戻る“跳躍”に、もしかして何日かかるか判らないならと、
先のことへも眸を向け始めていたお嬢さんたちなのを、
何とはなし眺めてござった槍使い殿。
彼からすれば、
こちらのまとう衣装も
随分と奇を衒(てら)ったそれに見えることだろうし、
どうぞと供されたソーサーつきの紅茶へも、
喫茶の習慣はあったれど、
甘い?とその一口目にやや驚いていたようなので、

 “そか、風習とか食生活は和風が主流だったもんなぁ。”

金の髪に水色の双眸、
内に光を飲んだような白い肌という彼のこの見栄えだと、
むしろ抹茶を出されたら怪訝そうに覗き込みそうに見えるのに。
彼がいた、自分たちも前の生で過ごしたあの世界は、
軍関係の機巧だの物資だのは様々に今様でありながら、
人々の暮らし向きの便利さはずんと遅れていたし、
土地によっても偏ってもおり。
明かりにしても乗り物の駆動にしても、
電気仕掛けのものがなかった訳でもないのに、
その肝心なバッテリー、蓄電筒は、
そういや式杜人にしか作り出せないとされており。
何より、米が流通の主柱だったという不思議な世界。

 “まま、その点は喜ばしいことではありましたがvv”

ふふふvvと、脈絡なく口許がほころんでしまった平八へ、

 「お二人とも、姿は元より、かつての気性も随分と居残っておられるし、
  何と言ってもアタシを見てすぐ誰だか判ったくらいだが。」

七郎次がそんな風に声を掛けてきて。
今更に何を言い出したのだろうかと、
唐突すぎて こちらの二人がついつい顔を見合わせてしまったけれど、

 「転生前の記憶ってのは、そうまで残っているもんなんですか?」

テーブルの上で軽く合わさった白い手。
延ばしたままの指を、
交差させただけで組みはせずに止めているところは。
下手な男がやると中途半端に気障なポーズだが、
その手がいかに器用かを知っている平八や久蔵には、
ただただ機能美に満ちた綺麗な所作にしか見えなくて。
それへ気を取られた…という訳でもないのだろうが、

 「あ…ええ。」

平八が、その通りと頷いた。

 「人によって個人差はあるみたいですけれど。」

性別も男のままのこちらの勘兵衛さんやゴロさん、
覚えておいでか、久蔵さんの傍にいらした兵庫さんやという顔触れは、
子供のころにはもう、結構な内容として思い出せていたそうですが、

 「私たちは実を言や、
  ここ数年に突然紐解かれるように思い出したんですよね。」

そうと語る平八の傍らで、
久蔵もまた、細い顎をひいて うんと頷いて見せており。

 「私の場合は、記憶を既に掘り起こしていたゴロさんと出会ったことで、
  あれあれ?と思い出したという順番で。
  ああでも、覚えてはいないのかと示唆されてっていうんじゃありませんが。」

えへへと笑ったのは、何かしら無理強いはされてないのが、
それもまた嬉しい扱いでというさりげない惚気からのこと。
そういう空気はさすがに拾えたか、
おやおやと口許を和ませた七郎次だったが、
何でまた?と、急な話題振りへ平八のほうが小首を傾げることで問い返せば、

 「なに、さっきのアタシのいたところのことを知っているとのお話の中で、
  浮遊要塞を撃沈させたと仰せだったんでね。」

 「あ…っ。」

さらりと言われたことであったが、
それでもハッとすると“しまった”と口許を覆った平八へ。
こちらさんは意味が判らないものか、
男だった“彼”に比べれば、さすがに線が細くて可憐な印象も強い久蔵が、
そういう要素をますます強めさせ、キョトンとして見せたのがまた好対照。
そして、平八の見せた態度だけで…やはり何かしらを感じ取れたらしい七郎次が、

 「そうそう話せないほど、苦労続きの先行きなのですね。」

心なしか残念そうなお顔になって、
そうと続けたのへやっと。
あ…と遅ればせながら久蔵もまた気がついたのが、

 「アタシらが通るだろう“これから”を、
  あなたがたは既に御存知なんですね。」

彼女らには覚えていることは全て“過去”にあたるが、
こちらの七郎次さんにしてみれば、これから立ち向かうことでもあって。

 「引っ掛けたようでごめんなさい。」

そうと謝った彼じゃああったが、
何も巧妙な訊きようで無理から語らせたという訳ではないのは明らかなこと。
先に口がすべったのはお嬢さんたちの側であり、
七郎次にしてみれば、
気になったフレーズがあったのを遠回しに確認したまでで。
勿論のこと、騙し討ちのようなつもりはなかったからこそ、
彼女らが あっと表情を弾かれたのへ、
却って罪悪感のようなものを覚えもしたらしかったけれど。

 「ああ、いえ。そんな…謝らないでくださいな。」

そんなの筋違いですようと、
さらさらとした赤毛をふりふり、
ひなげしさんの側もまた恐縮して見せる。


先行きに苛酷な何かが待ち受けていると判ったならば、
災禍には遭わぬよう、避けようと構えたくなるのも当然のことで。
そして、そんな反則技が挟まった結果、
未来が変わってしまうかも…という点が杞憂されるもの。
あくまでもSF小説なぞでの“理論”じゃああるが、
今の彼らは正にそんな状況にあるワケで。
塗り変わるかも知れぬ側に立つ平八や久蔵としては、
少なくはない杞憂を抱いたのではなかろうかと、
そこを案じたらしい七郎次だったのへ、

 「話してしまったら歴史が動くと言われてもおりますが、
  そんなことは恐れちゃいません。」

先程どぎまぎして見せたのはそんな杞憂からじゃあないと、
今度はひなげしさんが、意外な言いようをする。
このまま彼が元の世界に戻れなかったなら、
戻れても、今知ったことをヒントにして別な行動を取ったなら、
そこにいた記憶を抱えて
こちらの時代へ転生した彼女らの存在にも
何かしらの影響が出るやも知れぬと、
ご心配いただいたのではあるけれど、

 「どんな将来に変わろうと、
  それは此処へは地続きにはならないって説もありますから。」

 「?」
 「???」

今ひとつこの手の話には頭がついてかない久蔵はともかく、
七郎次までもが“え?”と、合点が行かぬか小首を傾げてしまっており。
工学をかじっているからと言って、
何がなんでもリアリストじゃあないらしいヘイさんなのか?と、
筆者までもが煽ってみせれば、

 「いや、これは物理の話でもありますし。」

立てた人差し指を、チッチッチッと
ワイパーの早送りのように振って見せた猫目のお嬢さん。
テーブルの上へデザートフォークを縦に並べて細い線を描き、

 「此処がシチさんがいた世界、秋のカンナ村だとして。」

右端の方にクリームポットをとんと置いてから、
そことは反対の端までを すすすっと少し浮かせた指先で辿って見せ。

 「此処がそれを過去とする、私たちがいる今の世界なのですが。」

そちらへはシュガーポットを置いた平八、
そのまま今度はティースプーンを手に取ると、
何本かを並べて、フォークの列の下へ斜めに下がった別れ道を作ってしまう。

 「選んだ道が変わったことで、その“過去”は別の未来へ移行するだけ。
  今 私たちがいる“此処”は、
  シチさんが飛んでくる前にもうがっちりと出来上がってた空間なので、
  今更 特に変わりは見せぬという説もあるんですよね。」

あの『電凹』の世界観や設定を根底から覆すお説ですが、(おいおい)
でもでも、そういう説もあるのは事実でして。
そういうお話を私は信奉しているので、
ご心配は要りませんよと、
自慢の巨乳を むんと張って見せてから。

 「それより…先を知ってしまった身のシチさんが
  元通りの場所へ戻れるかが不安なんですよ。」

冥王に攫われた美少女が、母の願いから捜し当てられるものの、
周到な冥府の王は彼女にザクロの実を食べさせており、
そのため地上には戻れなくなった。
(厳密には、3粒食べたので
 四季のうちの春から秋までは地中に居よとされた)
この話も、もしかしたら知ったことが原因で
元の世界で混乱が生じるからと戻れなくなった人の話かもしれないのじゃああるが。

 「なに、そこは大丈夫。」

今度は七郎次さんの方が、
にぃっこりと爽やかに…というよりは、
強かそうに“にんまり”と、頼もしいまでの笑顔を見せてくださって。

 「浮遊要塞を叩き落とすのは計画のうちですし、
  此処で聞いたことのうち、
  避けて通ろうと思うよなことは今のところは1つもありません。」

どんな黒幕が出て来ようとも、
あの村を野伏せりから守るという約束は、
もはや勘兵衛だけが交わしたそれではなくなっていると、
鳩胸をぽんっと手のひらで叩いて見せてから、

 「それに。
  お嬢さんたちが危ぶんでくれたほど、
  結構な苦労が待つようですが。」

そこを掻いくぐった記憶を持つ彼女らが、
聞かせたくはなかったらしい艱難をあらためて指し示し、

 「あなたが言ったその通り、
  辿りつく先はその人その人の決めた腹積もりでどうとでも変わる。」

  未来ってのは…気障な言い方になるが、
  一人一人の足元や鼻先にいくらでも三叉路があるようなもの。

 「どれを選ぶかは、熟考してようが浅慮からだろうが、
  当人次第なんですよ、実際。」

  もしかして宿命とか運命とかいう、
  回避出来ないとされるものがあったとしても、
  だったらそれこそ力技で掛かりゃあいい。

 「まあ、そこまで言うほどの岐路に立ったことは滅多にありませんが。」

けろんと微笑った彼だったけれど。
それはどうかと、これは久蔵にも思い当たるのか、
視線を低く据えて、だが語る言葉は見つからぬ。
その鈍い銀に光る腕へ、彼は鋼のロープが飛び出す仕掛けを仕込んでた。
この手にも勘兵衛と同じ、六花の入れ墨があったんですよと話していたから、
腕を失ったのは、勘兵衛と別れてからだとして。
既に戦さは終わっていたのに、
それでもそんな仕込みをした彼だったということは、
いつか再会する勘兵衛へまた仕えて、
その背中を守りたかったからじゃなかろうか。

 「………。」

ああ。相変わらずの彼だなぁと、
平八は言葉が出なかったし、久蔵は、

 「…………。」
 「おやおや。やっぱり甘えたさんですねぇ。」

つつつ…っと歩み寄ったそのまま、ぱふんと肩口へおでこを乗せて。
かつてもそうしていたようにグリグリと甘えて見せたのであった。








BACK/NEXT


  *カンナ村の勘兵衛様はどこまで気がついているものなやら。
   今回は特に“おタヌキ”様っぽいですね。
(苦笑)


戻る